7人制サッカー協会 オフィシャルブログ

7人制サッカーを中心に活動してる元サッカー日本代表山田隆裕と愉快な仲間たち

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第八章 敗北そして・・・

じゃあ今回は準決勝のVS東海一高戦からだよね。
東海一高と言えば全国に名が轟いたのは86年の冬の高校選手権、アデミール・サントスというブラジルからの留学生を擁し初出場初優勝 しかも無失点優勝のおまけつきという華々しいデビューでした。

翌年も出場し準優勝、東海一高旋風がふいたのですよ。全国デビューこそ遅かったのですが静岡県内ではその力はお墨付きで、清水東や清商、藤枝東などと死闘を繰り広げ、高校選手権県予選決勝で5回も敗れるという不運もあり、なかなか全国の晴れ舞台に出られなかったチームではあったのだが、黄色と黒の縦じまのユニホームは静岡県内では超メジャーでしたよ

そんな東海一高との準決勝、この準決勝からは学校の全校応援があるのですよ。これがまた憧れていたものの一つでしてね、めちゃくちゃテンションが上がりました。準々決勝の清水東戦との激闘もあり、また個人的にテンションが上がっていたのもあってか何故か体に力が入らなかった

フワフワしていて雰囲気に飲まれていたのかもしれなかったです。これといった活躍や見せ場も作れないまま、何の仕事も出来ずしかも決定的なチャンスまで外し2-1で敗れました

前の試合で流した涙とは違う涙が頬を濡らしました。責任を感じましたし、惨めだった。情けない気持ちと先輩方や試合に出てない皆に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。こうして高校1年目の夏は終わった。と同時に地獄への扉が開いた瞬間だった

この夏は一昨年からの勢いそのままに東海一高がインターハイ出場の切符を手に入れた。この年、同級生や一般の学生達には待ちに待った、私達にはとうとう来てしまった夏休みに突入した。正確に言うとインターハイ予選に敗れてから7月末までがきつかった。

と言うのもこの年チームは夏休みを利用してブラジル遠征を予定していた。私は秋にある国体(国民体育大会)の静岡県選抜に選ばれていた。1年生では私だけが選ばれていたのだが、何で私が選ばれたのかは疑問だった

実力的にも場違いだったし、このチームに選抜されたのが恥ずかしかった。しかし選ばれたからにはがんばる他なく、よってチーム(清商)と行動を別にする機会が増えたのだった。

ただ予想通り夏練は厳しかったと言うより想像を遥かに超えていた。毎日2部練、1日の練習時間は8時間に達した。追い込まれすぎて昼休みの弁当が喉を通らず、水ものしか入らない。体が冷たいものを欲しがりすぎ、リクエストに答えすぎて胃痙攣をおこして苦しむ毎日でした

貴重な昼休み、我が母校には桜ケ丘公園というのが隣接しており沢山の木々が植えられていたため、夏になると夥しい数の蝉が鳴いていた。ある先輩の一言に驚愕した、“この蝉の鳴き声が暑さを増しているのだ!1年蝉を殺せ”冗談かと思ったら本気だった。皆で木に登ったものの蝉だって馬鹿じゃない、素手の若造に捕まるかと言わんばかりにオシッコをかけて飛んでいく。少しでも休みたい時に何をしているのかと情けなくなる。余計に疲れを増す昼休みも含めて、地獄の日々は続いたのであった。当時の事を思い出して書いているだけで、体が疲れてきたので終わりにします。次回は国体からぼやいてみますね。


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