7人制サッカー協会 オフィシャルブログ

7人制サッカーを中心に活動してる元サッカー日本代表山田隆裕と愉快な仲間たち

2010年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年10月

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からあげ画像

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こんにちわ。
今日も雨です。最近は本当に雨が多いわ~

先日話した最近ハマってる食べ物の画像を早速アップしました!

これが噂のからあげ弁当です。

明日もからあげ弁当かな・・・


100930_1318031.jpg
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からあげ弁当

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こんばんわ。
最近夜も寒くなってきましたね

最近ハマってる食べ物があります。

ほっともっとの

『からあげ弁当』

僕の同僚がめちゃハマってて、毎日からあげ食べてます。

今度、写メアップします

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第十五章 全国大会決勝戦

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前夜に降った雨が少し心配ではあったが眠りにつき目が覚めると雨は上がっていた。思えば長い道のりであった。県予選から足かけ5か月いよいよ高校日本一を決める舞台に入学1年目にして立てる喜びと幸運を噛みしめていた

決勝戦の相手は夏のインターハイで優勝し、この大会で夏冬2冠を目指しその強さを存分に発揮しながらここまで勝ち上がってきた市立船橋高校であった


決勝戦を前に実はこんな裏話を紹介しようと思う。先のインターハイだがすでにお伝えしたように、我が清商は県予選の準決勝で敗退し全国大会には出場できなかった。夏の厳しい練習に明け暮れていたある日、突然私は監督から神戸行きを命じられた。


その日はインターハイの決勝戦だったらしくその試合を神戸まで見に行って来いというのだ!冗談かと思ったのだが数万円を渡され他のチームメイトは誰も知らない事だったが、練習一日分得をしたくらいの気持ちで新幹線に乗り神戸に向かった


新神戸駅からはタクシーを使い会場に着いたらすでに前半の5分くらいが経ったころでした。対戦相手は忘れてしまったのだが、まず思ったのが市船の選手がとにかく大きかったという事、そしてでかくて上手くて速かった

決勝戦でありながら5-0という一方的な試合であったし、高校生と中学生が試合をしているような感じにさえ見えた。何しろチームとしての完成度が高く今我々が試合をしても、全く歯が立たないと実感した。

えらいものを見てしまったと少し凹みながら帰りの新幹線に乗り込んだが私はずっと考えていた。なぜ監督はこの試合を見にわざわざ自腹をはたいてしかも練習を休ませてまで行かせたのだろうか?この試合から何を私に伝えたかったのか?ただ私には衝撃だけが残ったし、たった半年前にその衝撃を与えられた相手が今日の対戦相手である事に私だけかも知れないが、何か運命めいたものを感じずにはいられなかった。


国立に着きまずはピッチを見渡したが昨夜の雨の影響はあまり感じられませんでした。準備は全て整ったのだが、一つ残念だったのが本来なら1月8日が決勝戦でありまだ冬休みというのも手伝って、沢山のサッカーファンが会場を埋め尽くすのだが、この年は2日間の中断もあり1月10日が決勝戦となった為、すでに学校や会社が始まっていた事もあり両校関係者が中心であり、半分くらいの人しか見に来てもらえなかった。。。


致し方ない事なのだができれば満員のスタジアムで決勝戦を戦いたかったというのが本音であったが一歩ピッチに立てばそんな気持ちはどこかに飛んでいて全国の頂点を決める戦いが始まった。

インターハイ王者の力はだてではなく、高さを生かした攻撃で清商ゴールを脅かした。前半だけで2本 バーやポストにあたるシュートを浴びせられた。だがこちらも前半2度決定的な場面を迎えた、しかもその2度ともが私が放ったもので、前半2点を取るチャンスを逃してしまった


しかし半年前まであれだけ力の差を感じていたチームに互角に近い戦いが出来ていた事に少し違和感があった。清商がこの半年で力をつけたのか市船が夏以降伸び悩んでいたのかはわからないが、とにかく押されてはいたが一方的にやられるという事はなくお互いチャンスを作りながらもゴールは奪えず前半が終了した。

押し込みながらも得点を奪えなかったという相手の心理状態を考えると、清商のほうがやや精神的に優位な状態で後半に望めるのではないかと思われた。

後半がスタートした、前半に比べると市船の速さや高さに慣れてきていたし、市船が若干運動量も落ちてきていたのもあって前半程の迫力も感じなければ、トラブルに巻き込まれる場面もなくなってきたのと同時に少しずつではあるが、清商がペースを掴みつつあった


後半18分左サイド三浦さんの突破から得たコーナーキック、キッカーは三浦さんで出たサインはニアへのボールでした。あまりヘディングが得意ではない私はニアサイドにいて、何とか頭に当ててボールのコースを変えることくらいしか期待されていませんでした。

しかも長身揃いの市船にセットプレーで得点するのはかなり難しく思われた。サイン通りボールは緩いカーブを描きながら速くて低い弾道でこちらに向かってきました。何とか頭に当てようと必死に首を伸ばしました ん? 何か後頭部あたりに感触が?何とか頭に当たったらしい。体制を崩しながらボールの行方を目で追うと何とボールはゴールに吸い込まれて行きました。ゴール?入った事は間違いないようだが誰のゴールだ?多分私だと思うのだが、もう一人喜んでいる人がいる。DFの岩崎さんだ!チーム1の長身でセットプレーの際には必ずあがってきて清商の大きな武器の一つであった。

となると岩崎さんが得点したと思うのが自然であるし、私も一瞬そう思ったが私の後頭部に残る感触もあるし、私に駆け寄ってきたチームメイトも何人かいたので腑に落ちないままいると“ただ今の得点は背番号8番山田”と聞こえた。私だったのだとホッとしたが、何とも絵にならないゴールであった


長い歴史のある全国高校サッカー選手権大会決勝戦史上最もカッコ悪いゴールではなかろうか?まぁいいや!ここから市船の猛攻が始まる。

時間も少なくなり得意のパワープレーで攻めてくる。ここを耐えに耐えてカウンターを狙う、これが功を奏した。パワープレー要員として交代で入って来た選手はハンドスプリングスローを投げまくり、何度もゴール前にクロスを上げて我々を困らせた。

残り10分からは何回電光掲示板の時計に目が行ったかわからないなかついに時計は後半40分を指していた。ホイッスル 試合終了!優勝!日本一! 優勝候補の市船相手に勝った

今思えばですがね、あの夏インターハイの決勝戦を見に行かされたのは、まるでこの全国大会の決勝で市船と対戦するのがわかっていたかのようにね、しかも偶然にも私のゴールで、何かドラマを感じたのは私だけでしょうか?こうして入学1年目の幕は下りた。ある意味最高の高校生活のスタートが切れたと思う。  長くなりましたがこれが高校選手権決勝の全てです。
次回はその後の出来ごとから振り返りたく思います。

| 山田隆裕ブログ | 21:51 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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第十四章 時代の狭間で

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昭和の時代が終わった。ここ数日は常にTVで天皇陛下の容態がリアルタイムで流されていた

それでも準決勝が行われる駒沢競技場に向かいました。ロッカールームに入りゆっくりと準備に入った頃、天皇陛下死去により喪に服すとの事で2日間中断するとの報告が入ったのだ

突然の事で対応に追われる関係者をよそに監督の決断は早かった。なんと静岡に帰るというのだ。試合で使う物しか持って来てないので、他の荷物は宿に置いたまま着の身着のままバスに乗り込んだ感じですぐに会場を後にしたのを覚えている


14時くらいだったと思うが母校に着いた途端すぐに練習が始まったのだが、大事な準決勝が2日後に控えているなんて関係ないといわんばかりの、そして全国大会での不甲斐ない戦いぶりに堪忍袋の緒が切れたかのように凄まじい練習がいや特訓がいやシゴキが始まった。

とはいえ2日後は準決勝 そのうち終わるだろうなんて高をくくっていたが、いつまでたっても終わらない。2時間過ぎても一向に終わらない。“こいつ頭おかしくなったのか”と思いましたし、もう準決勝は捨てているのだと本気で感じた


全国大会も全校応援だったので、皆も会場に来ていたがとんぼ返りしてきた生徒達がすでに帰郷していてしかも声もかけられないほどの殺気に満ちた光景に唖然としていたのが印象的でした。

全国大会に来てからというもの知らないうちに感じていたプレッシャーがあったのか、みな一様に体が重かったと言うかキレがなかった。突然の日程変更に東京ではグラウンドが確保できなかった事もあったしもう一度ここで思い切り追い込んで、忘れていたものを思い出させようとしたのだろう。


ハードな練習が続くなか確かに徐々にだが皆が試合では見せられなかった動きが随所に見られるようになった。3時間くらいぶっ続けで行われた練習もようやく終わった。


確かに肉体的に追い込まれたが忘れていた何かを体に注入された気がした。その日は自宅に帰り次の日は軽く練習した後再び東京に向かったのであった


準決勝の相手は戦前の予想では名門帝京高校をあげる人も少なくなかったがその帝京を破り勝ちあがってきた前橋商業でした。FWにユース代表の2年生エース服部を擁する強豪であった。

タレントも豊富で確かに強かったがこの日の戦いは全国大会に来てからのそれとは明らかに違っていて重圧が取れたかのようにのびのびとプレーしている感じがあったしまたこの試合ではエース服部が累積警告で出場停止だったのも我々には追い風となった。


静岡ではその層の厚さから2年続けて全国大会に出場するのは至難の業だった。つまり翌年も出られるという保証はないのであるがゆえに来年県代表として出場するチームの為に責任として、シード校を確保する為にベスト4まで進むのは絶対条件であった。苦しみながらもこの条件はクリアーした事もあり、この日の出来に多少なりとも出たのであろう


前半25分左サイド古賀さんの突破から中央でのこぼれ球を今大会私と共に不振をきわめた藤田俊哉が蹴り込んで先制した。しかし10分後相手のパワープレイからゴール前の混戦から頭で押し込まれた。ゴールライン上ギリギリでクリアーしたかに見えたがゴールの判定 試合は振り出しに戻された。


後半に入っても一進一退は続いたが後半20分過ぎ右からのクロスを中央で競り左に抜けたところを古賀さんが得意の左足で突き刺した。その後も服部の代役として入った関の頑張りもあり、最後まで激しい攻防は続いたがこのまま逃げ切り静岡勢としては4年連続の決勝進出となった。


2日間の中断があり静岡に帰った事が吉と出たのであろう あのまま東京に残っていたらこの結果を得られたかは疑問である。こうして全国制覇というタイトルを賭けて国立でプレーする事が決まったのであった。次はいよいよ全国大会決勝のお話に入ります。お楽しみに!

| 山田隆裕ブログ | 17:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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7人制サッカー合宿大会

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皆さんこんにちわ!

今回はわたくしが顧問として所属している7人制サッカー協会のイベント『7人制サッカー大会 in 南房総』をおおくりします。

9月19日~9月20日にかけての合宿大会

もちろん私も参加し、皆さんと一緒にサッカー交流

さすがに年齢も年齢なものでして・・・あまり走れない

やっぱ若いって素晴らしいね!!今回は大学生が中心となって参加してくれましたが、みんなとにかく走る

皆さんとこうやってサッカーが出来るのは楽しいね。

また来年合宿大会をやりますので、また皆さん参加して下さいね

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↑↑
ちょっと分かりずらいけど、コートの向こう側は海です。今回ボールを4つほど、海へ落ちました。。。


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↑↑
さー入るかな???

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↑↑ 
今大会の優勝チーム

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↑↑
景品GET

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↑↑今大会のMVPそしておそらく得点王!!


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↑↑
ハイチーズ


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↑↑
BBQその①

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↑↑
BBQその②

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↑↑
ウイニングイレブン大会

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↑↑
今回は4対4の合計8人で対戦。

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↑↑
一番左爆笑

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↑↑
第二回ウイニングイレブン大会王者




| 未分類 | 21:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第十三章 開会式そして全国大会

“夢の国立目指して”を合言葉に全国大会への準備に入った12月、本来ならこのあたりから気持ちも徐々に盛り上がってくるのだが、私にとっては県予選の決勝が夢舞台だったので、あまり盛り上がりもなく過ごしていた

県予選を勝ち抜いた要因の一つに夏以降に特別コーチとしてブラジルから招いたエスピノーサ氏の存在があった。

卓越した指導力を持ち人としても本当に素晴らしく尊敬できる人でした


彼との出会いは私のサッカー人生において大きな影響を与えたのは間違いない。

12月は日本リーグのチームとの練習試合に明け暮れた。組み合わせ抽選会も終わり初戦の相手も決まって、元旦の開会式まであと僅かとなったが一向に気持ちが盛り上がらない。


それでも年末には東京に向けて出発した。東京で新年を迎えた元日、小雨の降るなか開会式の行われる国立競技場に向かった。今までスタンドで観戦した事はあったが、初めてピッチに立つと言うこともあり今までの盛り上がりのなさが嘘のように少し心が躍りだした


余談だが、国立近くでバスを止め待機している時、上下派手なピンクのウィンドブレーカーを着た女性が雨の中ランニングをしており我々のバスの横を通り過ぎた瞬間、皆一斉にそちらに向かって振り返った。


当時もトレンディードラマなどで活躍していた浅野温子だった。さすが東京だなと実感した田舎者丸出しの瞬間であった


下から見上げる国立の大きさに驚きながら開会式を終え、3日に迎える初戦に向けて準備に入った。1回戦の相手は神戸広陵、千葉の秋津サッカー場での試合でした。

初戦のプレッシャーもあまり感じず、前半20分過ぎ左から崩した三浦さんのセンターリングのこぼれを私が左足で蹴り込んで先制した手(チョキ)

初戦にしてはまあまあの出来だったと思う。後半セットプレーからと、エース武岡さんのゴールで3-0とし初戦を終えた。本当に偶然にだが、初戦のスタンドに見まちがいでなければ親父の姿を発見した。

複雑な気持ちだったのを覚えている。2回戦の相手は仙台育英、ブラジルからの留学生カルロスを擁するチームであった。立ち上がりから何かちぐはぐしており、チャンスもなかなかものに出来ずにいた。それでも前半30分過ぎキャプテン三浦さんのフリーキックが豪快に決まり先制したが、動きの悪さは相変わらずでそのまま前半を終了した。

ハーフタイム監督の怒りが爆発した!何を言われたのかは覚えていないが全国大会まで来てここまで怒るかというくらい怒鳴りやがった!

そんなゲキのかいもなく後半になってもチームは一向に機能せず、何とか前半の1点を守り切りベスト8に駒を進めた。準々決勝を前にして1日休みがあるのだが、次の日試合があるとは思えない練習ぶりで私は逆効果に思えたが仕方なくこなした。

国立行きをかけての準々決勝になるはずがこの年は社会人ラグビーとの兼ね合いで準決勝が駒沢競技場だった。つまり決勝戦のみ国立競技場を使用すると言う事だった。

ベスト4をかけた戦いの相手は盛岡商業、正直ノーマークのチームだった。しかし練習試合で東海第一に3-0で圧勝しているチームだったのである。

フィジカルも強く高さもある、はっきり言って防戦一方。静岡代表らしからぬといった文字が翌日の紙面に書かれるのも容易に想像できた

よく耐えたと言ったほうが正しかった。80分を通して1点も奪えなかったのは県大会も通じても初めてであり、PK合戦に突入した時の心理状態は最悪であった。

当時は常に勝利を期待されていた静岡代表だっただけに、PK合戦に持ち込まれた事はある意味負けに等しかった。清商が先制で2本目まで順調に決めた。ここでGKの内藤さんが魅せた、相手のPKを2本止めた。こちらも1本外したが3-1で東北の強豪に何とか競り勝ち首の皮一枚で繋がったが、初戦の快勝以降は苦しい戦いが続き全国で勝つのも簡単ではないと実感させられるのである。


苦しみながらも準決勝に駒を進めたこの日、昭和天皇がお亡くなりになったという一報が入った。

さて今回は準決勝進出を決めたところまで、次回は天皇陛下死去による2日間の中断あたりから振り返りたく思います。



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| 山田隆裕ブログ | 19:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第十二章 決勝戦

当時は週休2日制ではなかったので、土曜日も午前中は授業がありました。我々サッカー部は2時限目まで授業を受け色々と用意もありましたので、先にあがらせてもらいました。


もともと授業はまともに受けてはいなかったがこの日はさらに心ここにあらずといった感じでしたね

確か14時キックオフだったと記憶しております。12時過ぎに会場入りしました。

グランド状態のチェックを済ませ入念にストレッチしウォーミングアップに入りました。

清水東VS清水商業というライバル校が全国大会出場というタイトルをかけた試合とあって、両校とも全校応援、一般のお客様も大勢駆けつけ試合前から応援合戦が始まり同級生が気持ちを込めて作ってくれた横断幕を所狭しと張り巡らせ、応援にいたっても両校一歩も引かない状態であり、最高のボルテージで我々をグラウンドに迎えてくれましたそして14時運命のキックオフ

満員のスタンド最高のボルテージも手伝って、中々ボールが足につかない。応援の熱気にベンチはおろかフィールド内の味方の声も聞きとりにくい。

時間だけが刻々と過ぎていく感じがした。試合が動いたのは、前半25分相手の2年生エース高橋さんに左サイドを完全に崩され中央から私の幼馴染でもある野々村に先制点を奪われた

今大会初めて先手を取られ追いかける展開を余儀なくされたのだ。焦りが全く無かったかといえば嘘になるが、まだ前半という事が我々に冷静さを保たせた。

そんな焦りもすぐに吹っ飛ぶ。先制点を許した僅か3分後右からのフリーキック中央やや下がりめにいた私の頭上めがけてボールが飛んできた何とか触ろうとジャンプしたが届かず私を越えた瞬間ピキーンという音が耳元でした


ボールの行方を確認しようとすぐに振り返ると、何とボールはゴールに吸い込まれていた。何が起きたのかわからないままとりあえず喜んでみたが、後で確認してみると私のすぐ後ろにポジションを取っていたFW武岡さんがダイレクトでジャンピングボレーを叩き込んでいた。


この武岡さんという我がチームのストライカーだが意外性の男というか、たまにこういうとんでもないスーパーゴールをいとも簡単に決めてしまうのだ。

しかも決勝という大舞台もっといえば私のジャンプでブラインドとなりあまりよくボールが見えなかった筈だが、ここにボールが来るのがわかっていたと言わんばかりに、完璧にジャストミートしているのだ

味方だからいう訳ではないが本当に凄いゴールで同点に追いついた!このまま前半はお互い見せ場もなく終了しました。

 ハーフタイム水分を取り気持ちを落ち着かせ、監督の指示に耳を傾けた。攻守の切り替えが遅いという事、FWの私達から早くしないとダメだというものだった。10分間の休みを終え後半開始のホイッスルを待った。一進一退の攻防が続きフリーキックから相手が一度、流れの中からこちらが二度ほどチャンスを作ったが得点にはいたらなかった。


相手に変化が見られたのは後半30分を過ぎたあたり、何人かの選手が疲労の度合いがひどく足を攣りはじめたのでした。

私達の強みというか心の支えは絶対に練習量では負けない自信があり、体力負けとか、走り負けするという事がまず無いというものでした。試合が長引けばこちらが有利になるという精神的優位に立ったような気がしました。

勿論私達にも疲れはありましたが、清水東のそれではありませんでした。前後半を終え1-1少しの休憩を挟んで10分ハーフの延長戦に入ります。延長前の指示はやはり“相手はかなり疲れているから、ロングボールを相手の背後に入れていけばチャンスが生まれる”というシンプルなものだった。

明らかに相手は疲れていて延長の前後半で必ずビックチャンスが訪れると思いました。お互い見せ場のないまま延長前半が終了、勝負の行方は残り10分間に委ねられた


延長後半3分その時は訪れた、左サイド古賀さんから中央の藤田俊哉に、ドリブルが少し大きく相手と交差、こぼれ球を太田さんがミドルシュート、相手に当たりボールは私の前に 右45°。思えば入学してから右サイドのポジションをいただきこの角度からのシュートを何千いや何万発打ったかわからない。

打ちすぎて右足内側の筋肉を痛めたのも一度や二度ではなかった。体に染みついた角度から放たれたシュートはカバーに入ったDFの足の間を通り、サイドネットに突き刺さった。真っ白になったうまい!


何処にそんな体力が残っていたのだと突っ込まれるくらいのスピードで自陣のベンチに向かって走っていた。ベンチからも選手が飛び出してきて、極度の興奮状態にあった。今風にいうならアドレナリンが出まくっていたであろう。

私の記憶があるのはここまで、正直それから先の試合が終わるまでの事は全く覚えておりません。ホイッスルが鳴り100分に及ぶ死闘に終止符が打たれた。

小さい頃から憧れた舞台で、小さい頃から憧れた相手に、余談も入れれば私の初恋の相手岡田さんのいる清水東に私のゴールで勝つ事ができた。一生の運の半分はこの時使ったと今でも思っている

皆泣いていた、選手もベンチもスタンドも歓喜に溢れていた。3年ぶりの全国大会への切符を手に入れた。これが全国高校サッカー選手権大会静岡県大会決勝の全てであります。

記憶を辿りながら、しかも長くなり申し訳ありませんでした。   
次回は全国大会に入ります。ここでも色々なハプニングがありました。どうぞお楽しみにして下さい。


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| 山田隆裕ブログ | 20:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第十一章 セミファイナル

準決勝の組み合わせは清商VS沼津学園、清水東VS東海第一となった。私が思い描いた憧れの草薙球技場で時間をずらして行われる2試合とあって、スタンドには沢山の関係者やサッカーファンが訪れた、だが今日会場に訪れた人達の1番の目当ては清水東VS東海第一であっただろう

やはりこの両校も今まで幾つもの名勝負を繰り広げており、3年連続出場を狙う東海一とここ最近全国の舞台から遠ざかっていた清水東が名門復活をかけて戦うとあって、注目は俄然こちらに集まった。

間違いなく今回の戦いもサッカーファンにはたまらない一戦になると踏んでの事であった。第一試合がこの試合だった為、この試合を横目で見ながらのウォーミングアップに入ったがどうにも試合に目が行き集中できない。

それでも今日の試合に勝たなければこの勝者との決勝戦に進めない訳だから何とか自分の事に専念しようと努力した。

息詰まる展開の中、前半セットプレーから一瞬のすきをついた清水東が虎の子の1点を守り切り決勝進出を決めたのとともに東海一高の3連覇の野望は潰えた

第1試合の余韻が残る中我々の準決勝が始まった。正直第1試合のような張りつめた緊張感のある試合内容ではなく、準決勝ではあったが少し力の差もあり結果的に後半たたみ掛けた清商が4-1で圧勝し決勝進出を決めたと同時に1週間後同じ会場で行われる 清水東VS清水商業の因縁のライバル対決の実現を果たした


長い道のりであった。9月から予選が始まり途中の中断も含めて3カ月にわたる戦いを勝ち抜いた2校が決まった。1週間後に今年の静岡代表が決まる。これは静岡のみならず全国の代表校そして全国のサッカー関係者にとっても強い関心のある事であった。

報道陣も活発に動き出し1週間後の決勝戦に向けて、戦力分析や勝敗予想、街の声や専門家の意見などあらゆる角度からこの一戦の盛り上げをはかってくれた。我々も1週間という限られた時間であったが、対清水東戦の戦略を練り始めたが今更何かを大きく変えられる訳もなく、自分達の良いところを出そうと言う事、そして清水東の持ち味である堅い守備からのカウンターにどう対応するかの二点に絞られた。


月、火、水と日が進むにつれ少しずつ我々を取り巻く環境が変化していき、土曜日に予定されているイベントがいよいよ現実味をおびてきた と同時に3年生の先輩方にしてみれば、この試合に敗れればこれが高校生活最後の試合となる訳で、金曜日もしかしたらこれが3年生とする最後になるかも知れない練習が始まった。


明日は大事な決勝戦という事でこの日は軽いシュート練習に終始した。残念ながらレギュラーにはなれず普段は裏方さんなどに徹してくれて、なかなかボールを蹴る機会をあたえてもらえなかった3年生の先輩方もこの日は一緒にシュート練習で汗を流したのを覚えている。全ての準備は整った。長年夢見た舞台に入学して1年目にして立つことの出来る幸せを噛みしめながら眠りに就いた。

次回は決勝戦を振り返ります。


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| 山田隆裕ブログ | 11:58 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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第十章 県予選決勝トーナメント突入

いよいよ冬の高校サッカー選手権県予選に突入する訳だが、高校球児が甲子園を合言葉とするように高校サッカーには国立(国立競技場)という合言葉がありましてね。

つまり全国優勝を目指すという意味合いがあるのだが、これは私だけの感情だと思うのですが、全国大会の国立の舞台よりも県予選の草薙球技場(当時の静岡県予選のメッカ)でプレーする事のほうに魅力を感じていた。

当時の静岡には“全国で勝つより静岡で勝つ事の方が難しい”という言葉があったくらいで、本当にハイレベルな戦いであったし私達もそれを見て憧れ、夢見て育ちました

また球技場であった為フィールドの周りに陸上用のトラックがなく客席とフィールドが近くてより臨場感が味わえるのも魅力の一つでした。そんな私にとっての夢舞台が始まった

とはいえ本来であればやはりベスト8くらいまではさほど難しい試合はないのだが、この年はあまりないことなのだが予選グループで清水東と同組になった。予選グループでライバル校がぶつかるとあって試合場にはかなりの人が足を運んだ!

予想通りの一進一退、決してうちは良い出来ではなかったというより、清水東がうちの良いところを出させなかったと言う方が正解だろう。やや清水東が優勢に試合を進めたまま1-1の痛み分けに終わった


得失点差で清水東がグループ1位 清商がグループ2位で決勝トーナメントに進んだ。インターハイ予選の時も結果は同じドロー(PK戦で清商の勝ち)だったがその時よりもあきらかに清水東は強くなっており、出来ることならこの先あたりたくないと言うのが本音でした。

決勝トーナメントに入りいよいよ夢舞台に近づいてきた感がありベスト8の戦いここで我々は大きな難関を迎えるのである。VS藤枝東戦であった。この年の大会は一応我々清商が優勝候補にあげられており、その対抗馬が藤枝東だという声も多く事実上の決勝戦などという人も少なからずいた

確かに秋の国体で一緒に戦ったメンバーも多数おり、予選から前評判に恥じない戦いぶりをみせていたから我々にとって大一番に間違いはなかったのだ。


ベスト8から恒例の全校応援が加わるがさすがにここでは全校生徒とはいかず希望者のみで、それでも半分くらいの生徒が応援に駆け付けた。藤枝東は堅い守備からのカウンターで何度も清商ゴールを脅かした。


均衡が破れたのは前半20分過ぎ長い縦パスを受けたFW武岡さんが振り向きざまに豪快なミドルシュートを突き刺し先制し30分にもコーナーキックから同じく武岡さんが押し込んで効率よく2-0で前半を終えた


藤枝東の力はこんなものじゃあないと監督は我々の気を引き締めに必死であったし、藤枝東を一番警戒していたのも監督でした。緊張感を持ったまま後半に突入し、やはり激しい攻防が続き時間は刻々と過ぎていき、我々の勝利は近づきつつあった。25分過ぎキャプテンの三浦さんが中央から蹴り込み3-0とした。


しかしここから藤枝東の反撃にあい終了間際に2点を返されたが時すでに遅し、難関を乗り越えた我々は準決勝に駒を進めました。いよいよ夢の舞台にたどり着いた。小さな頃から思い描いた夢の舞台に自分が立つ 何だか不思議な感覚が体中を包んでいた。    

次回は準決勝、そして決勝を振り返ってみます。


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| 山田隆裕ブログ | 20:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第九章 京都国体

そのハードさを知らないまま突入した夏休みもようやく終わり、各学校は冬の高校選手権に向けての最終準備に入るころ、平行して秋の国民体育大会が行われます。

この年は清商、清水東、東海第一、藤枝東から選抜された選手で構成されたチームでした。また前年の沖縄国体では豊富なタレントを擁して見事優勝しており、今年のチームに国体2連覇がかかった大会になってしまったのです

前年のメンバーに比べると、今年のチームはユース代表(現U19日本代表)に三浦文丈(清商)さんや中原幸司(東海第一)さんなどが選出されており、国体には出場できなかったため、戦力的にも厳しいものがありました。

まぁそれで私が仕方なく選ばれたという経緯はあったのですがね。本大会に出る前に東海四県による、(静岡、愛知、岐阜、三重)東海大会がありましてこれに優勝しないと本大会に出られないので、ここで負ければ2連覇もへったくれもない訳でして

ただ例年であれば、何の問題もなく力の差を見せつけて本大会出場権を当たり前のように手にするのですが、この年は違った東海大会から苦戦につぐ苦戦で、最後もPK戦で何とか出場権を手にしたのです。

本大会に出るにあたって県からその種目に対して補助金というのかな?まぁ本大会で使う為のお金が支給されるのね、ただここはシビアに正直、上位を狙える種目もあればそうでない種目もある訳。その期待値によってAランクBランクと勝手にランクづけされて、支給される額もAとBとでは違うのよ。

つまりAであれば宿泊先や食事、そして移動手段などもお金をかけらけるという訳よ。予選の戦いぶりなどを見て判断したのだろうが今年のチームはなんとBランク!サッカー王国静岡にあってサッカーの種目にBランクが出たのは異例のことらしい。

つまり2連覇はおろかあまり期待されていなかったという結論がでたのだよ。どうりで移動はマイクロバスだし宿泊先はペンションだったしで今思えば随分な扱いだったと納得する。おかげでこちらは気が楽になりましたよ。どうせ期待されてないなら行けるところまで行くしかないやってな感じでね、開き直ったというか何のプレッシャーもなく大会に入れました

予選での苦戦が嘘のように、一戦ごとチームとして成長していったというか少しずつ自信も出てきていましたよね。余談ですが本大会に来たら試合以外は結構時間がありまして、いつも暇な時は一つ上の先輩の藤田俊哉さんと近くにあった平等院の中にいた鯉に餌をあげに行っていました!

 勢いもあってトントン拍子に準決勝まできました。準決勝の相手は徳島選抜でした。本大会に来て初めての苦戦でした。一進一退の攻防が続き後半残り2分まで0-0でした。左コーナーキックから低いライナーのボールが入りました。相手にあたったボールは餌友の藤田俊哉の足元に、ゴールを背にした俊哉はとっさにそれをヒールキックで蹴り込みやがった
そこに居合わせた誰もが予想出来なかったゴールが生まれた。ロスタイムにもう一点追加して、殆ど期待されていなかったチームは決勝まで駒を進めた。

決勝戦の相手は武南高校中心に構成された埼玉県選抜でした。優勝候補筆頭にあげられるチームで予想どおりの決勝進出でした。やたらとデカイチームでして平均身長で10センチくらいの差があったのではないでしょうか。このチームにどうしたら勝てるのか全然糸口が見いだせない状況でした。しかし期待されてないチームが決勝まできたという事で相変わらず気負いはなく、リラックスしてのぞめました。

 試合は意外と早く動きました。開始2分フリーキックからのこぼれを押し込んでいきなり先制。10分過ぎにも追加点を奪い2-0と思わぬ展開に、あれれこれは行けるぞと思い始めた矢先に1点返され前半は2-1で折り返しました。


確かに強い相手でしたが、なぜか負ける気がしなかったのを覚えています。後半に入りやはり優勝候補も猛攻を仕掛けてきまして、15分過ぎ同点に追いつかれました。それでも何故か冷静だった。

とにかく何度も何度も丁寧に外からの攻撃を繰り返しました。連戦で疲労も溜まっていたはずだが、何故か疲れは感じなかった。残り10分で2点を奪い4-2で試合終了。静岡のサッカー関係者もそして実際に戦っていた我々さえも予想していなかった優勝という結果でした。Bランクからの反逆だった。高校に入って初めて迎えた全国大会の舞台、優勝という結果以上に色々な経験と共に今後のサッカー人生に大きな自信を与えてくれた大会であった。      
と言う訳で今回は少し長くなりましたが、このへんで!次回はいよいよ冬の高校サッカー選手権県予選に入ります。」

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| 山田隆裕ブログ | 16:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第八章 敗北そして・・・

じゃあ今回は準決勝のVS東海一高戦からだよね。
東海一高と言えば全国に名が轟いたのは86年の冬の高校選手権、アデミール・サントスというブラジルからの留学生を擁し初出場初優勝 しかも無失点優勝のおまけつきという華々しいデビューでした。

翌年も出場し準優勝、東海一高旋風がふいたのですよ。全国デビューこそ遅かったのですが静岡県内ではその力はお墨付きで、清水東や清商、藤枝東などと死闘を繰り広げ、高校選手権県予選決勝で5回も敗れるという不運もあり、なかなか全国の晴れ舞台に出られなかったチームではあったのだが、黄色と黒の縦じまのユニホームは静岡県内では超メジャーでしたよ

そんな東海一高との準決勝、この準決勝からは学校の全校応援があるのですよ。これがまた憧れていたものの一つでしてね、めちゃくちゃテンションが上がりました。準々決勝の清水東戦との激闘もあり、また個人的にテンションが上がっていたのもあってか何故か体に力が入らなかった

フワフワしていて雰囲気に飲まれていたのかもしれなかったです。これといった活躍や見せ場も作れないまま、何の仕事も出来ずしかも決定的なチャンスまで外し2-1で敗れました

前の試合で流した涙とは違う涙が頬を濡らしました。責任を感じましたし、惨めだった。情けない気持ちと先輩方や試合に出てない皆に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。こうして高校1年目の夏は終わった。と同時に地獄への扉が開いた瞬間だった

この夏は一昨年からの勢いそのままに東海一高がインターハイ出場の切符を手に入れた。この年、同級生や一般の学生達には待ちに待った、私達にはとうとう来てしまった夏休みに突入した。正確に言うとインターハイ予選に敗れてから7月末までがきつかった。

と言うのもこの年チームは夏休みを利用してブラジル遠征を予定していた。私は秋にある国体(国民体育大会)の静岡県選抜に選ばれていた。1年生では私だけが選ばれていたのだが、何で私が選ばれたのかは疑問だった

実力的にも場違いだったし、このチームに選抜されたのが恥ずかしかった。しかし選ばれたからにはがんばる他なく、よってチーム(清商)と行動を別にする機会が増えたのだった。

ただ予想通り夏練は厳しかったと言うより想像を遥かに超えていた。毎日2部練、1日の練習時間は8時間に達した。追い込まれすぎて昼休みの弁当が喉を通らず、水ものしか入らない。体が冷たいものを欲しがりすぎ、リクエストに答えすぎて胃痙攣をおこして苦しむ毎日でした

貴重な昼休み、我が母校には桜ケ丘公園というのが隣接しており沢山の木々が植えられていたため、夏になると夥しい数の蝉が鳴いていた。ある先輩の一言に驚愕した、“この蝉の鳴き声が暑さを増しているのだ!1年蝉を殺せ”冗談かと思ったら本気だった。皆で木に登ったものの蝉だって馬鹿じゃない、素手の若造に捕まるかと言わんばかりにオシッコをかけて飛んでいく。少しでも休みたい時に何をしているのかと情けなくなる。余計に疲れを増す昼休みも含めて、地獄の日々は続いたのであった。当時の事を思い出して書いているだけで、体が疲れてきたので終わりにします。次回は国体からぼやいてみますね。


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| 山田隆裕ブログ | 11:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第七章 インターハイ予選

皆さんは夏といえば甲子園とくると思いますが、サッカーにも影に隠れて夏のインターハイがあるのです。

我が清商にはこのインターハイ(全国大会)に出場する意味と言いますか、モチベーションが2つありまして、1つは勿論インターハイ優勝。夏の王者と言うタイトルを目指すのがあります。もう1つがインターハイ(全国大会)に出場できないとその年の夏休みは果てしなく長く、そしてどこまでも厳しい無限地獄が待っている訳でして、つまり全国大会に出場すればその無限地獄には行かなくてもすむという事なのね

なのでどちらかと言うと夏のタイトルよりもそちらを回避したいという気持ちや意味あいのほうが強かった訳です。入学間もない私はその地獄の程度を知らなかったと言うのもあって少し先輩達に比べて軽く考えていたのも事実だったのです。

当時は清商、清水東、東海第一、藤枝東、静岡学園などが戦力的に競っていて力の差はなく、どこが勝ってもおかしくなかった状況でしたね。予選が始まり順当に勝ち進みまして、決勝トーナメントに入りました

準々決勝 VS清水東戦 うちの監督は清商出身で拓殖大学に進み、母校の監督として帰ってきた訳で、監督が在学中から清水東とはライバル関係にあったらしく、監督になってからも、清水東に追いつけ追い越せでやってきたのよ。だから清水東戦となるとね、選手の誰よりも気合いが入っていたのを覚えています。

正直私達も小さい頃から高校サッカーといえば清水東高校だったんだよね。皆が清水東に憧れてあそこでプレーするものだと思い込んでいましたよ。しかし進学校という現実などにもぶち当たり色々な学校に振り分けられていくのですよ。まぁそんなこんなで色々な意味をこめた清水東戦を迎えました!!

多少の力の差があってもこの2チームの対戦は別物でしてね、どちらかが圧倒して勝つなんて事はなかった訳で必ず名勝負が生まれてしまう。大げさにいうと小さな町でしたがこの2チームが対戦する時は清水市を二分してしまう感じだったの。

この試合も激しい戦いになりまして、県予選の準々決勝であたるには勿体ない試合でした。点の取り合いの末、3-3からPK戦の末に清商が準決勝に進みました。

試合後、監督も先輩達も試合に出ていなかった皆もそして私も涙が自然と流れていたのを覚えています。勝った試合で涙がなんてこの試合が初めてじゃなかったかな? この試合のインパクトが強すぎて、準決勝のVS東海一高戦は何だか気持ちのわりには体に力が入らなかったのを覚えていますよ。てな訳で次回はインターハイ予選準決勝VS東海一高戦から振り返りますね。

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| 山田隆裕ブログ | 01:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第六章 夢と現実

夏休みも手伝って最近の電車移動は大変だよね!

まぁ子供達にしてみたら一大イベントだからね、もうしばらく我慢しましょうか。という訳で、今回はいよいよ高校時代に入りますね!

私も含めて静岡で育った少年達のほとんどがそうだったように高校サッカーを見て、憧れ感動をして、自分もいつかはと思いながらボールを追いかけていた時代でしたね。当時はプロリーグがなかったから、高校から先は大学に進学するか日本リーグに進むかの選択だった

ある意味ね高校サッカーにかけるウエートが大きかったから、そこで燃え尽きてしまうと言うか、次の目標や生きがいを見つけられずに腑抜けになる人も少なくなかったよね。そのくらい当時の高校サッカーには皆を引き付ける魅力があった。

今度は実際に自分達が夢や憧れを与える側のステージのスタートラインに立つにあたって、これがまた私達が見てきた夢舞台と現実とのギャップに驚くわけだよ。勿論甘い考えでいた訳ではないが、まず何に驚いたかって監督の態度の豹変にびっくりですよ

我が家に訪ねてきた時のあの仏のような優しい口調は何だったのか?と 恐らくこの学校の門をくぐった者が皆通る道なのだろう。例えや言葉は悪いが、軍隊や刑務所に入ったような感じでしたよ。

運よく私は入学間もなくレギュラーとして扱ってもらえた訳だが、まずはその練習量の多さに慣れるのが大変でした。どれだけ生ぬるい中学校生活をおくってきたかを痛感させられる毎日でした。

朝練も入れたら1日5~6時間は全体練習があり、それから個人の課題に取り組む自主練が始まる訳ですよ。監督は全体練習よりも、この自主練をする事を好んでいましてね全体練習が終わっても全然帰らない訳!だから監督が帰らないと当然私達が先に帰れる筈もなく、結局自主練と言う名の全体練習の延長でしたよ。終わったらもう精も痕も尽き果ててね、しばらくは動けずに帰れなかったな。そこから1年生は片づけやら先輩のマッサージやら雑用に追われるあせあせ

学校を出るのが21時を過ぎるなんて珍しい事ではなかった毎日でした。何も考えずにサッカーだけをやりに来い 確かに間違ってはない訳だから文句も言えないが、想像を遥かに超えるハードなトレーニングでした。当然のことながら授業中は睡眠タイム、休み時間と弁当の時間、それと体育の授業以外はほとんどが夢の中でしたね。。。

量より質の練習、質より量の練習などと、必ずどちらかに分けられるものですが清商は質と量の練習。どこの学校よりも練習している自信はありましたね。入学して3カ月ようやく練習にも体がついていけるようになりはじめた6月初めて迎える大きな大会夏のインターハイ予選が始まる訳です。この頃私を支えていたのはようやく夢の舞台に立っているのだという気持ちだけだったような気がします。

次回は初めて迎えるインターハイ予選、そして国体、冬の高校サッカー選手権 県予選あたりを振り返ってみます。

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| 山田隆裕ブログ | 11:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第五章 転機

人生出会いで変わるなんてよく言いますよね。考えてみれば、私が人生で最初に経験した運命的な出会いってこれだったような気がします。同級生のほとんどが初めて迎える受験に向けて猛勉強している頃、私と言えば卒業後の働き口を考えていたのですよ。何となく学校に行き、授業が終わると一人で気の向いた練習をして、帰ってゴロゴロしていた毎日でした

そんなある日、何の前触れもなく家のチャイムがなったのです。たまたまその日は母親も家にいましてね、私は寝転がってパンを食べていたのです。幼馴染の父親と一緒にひと際大きな男が狭い我が家に入ってきた。清水商業高校サッカー部監督の大滝雅良であった!


慌てた私は食べていた食パンをとっさに皿ごと押入れに隠し、畳の上に正座して監督と向き合った。監督は突然の訪問を詫びた後、いきなり母に向かって本題を切り出した。(息子さんをうちに預からせてほしい。喉から手が出るほど欲しい選手である。

次は私に向かって、近い将来日本のサッカーはプロ化になる。サッカーを仕事としていく事が出来る。その為にも清商に来てプロにスカウトされるような選手になれと。そして君にはその可能性が充分にあると言いました。) 突然の事であったのですが、何故か冷静な自分もそこにいて、こう切り返したのを覚えています。(ありがとうございます。お話はとても嬉しいし本当に有り難く思います。


しかし我が家は生活に余裕がありません。姉も高校に通っていますから現実問題難しいと言うのが答えだ)と伝えました。間髪いれず監督が続けます  (授業料はいらない。何も心配せずにサッカーだけをやりにこい。) わかりました。少し考えさせて下さい。と伝えてその日はわかれました。そうは言ったものの気持ちはかなり傾いていました。富士山本当に突然私の人生に違う選択肢ができたわけです。


進学する意志を伝えるのにそう時間はかかりませんでした。一度失いかけたサッカーへの道が再び繋がったのと同時に、3年後プロ選手になるという新たな選択肢と目標を手にいれた瞬間であった。サッカー 子供ながらに何かを感じた、この人との出会いは私にとって大きなものになると実感していた。書けない事も沢山あるが両親の離婚を境に今までの生活が一転し、不安や葛藤の中生きていた私にとって一筋の光がさしたとても貴重な出会いであった!!


その後かたちだけの受験をして、私は清水市立商業高等学校に入学する事になった。奇しくも私の初恋の岡田さんはライバル校の清水東高校に入学した。ちなみに清水東高校は静岡でも有数の進学校でしたので、岡田さんの学力からすれば当然の結果であり、ここでのお別れは必然だったのかも知れないな~

絶望との出会い、初恋の相手との出会い、将来への希望そして大滝監督との出会い。本当に貴重な色々な出会いをさせてもらった中学時代はこの辺でしめたいと思います。次回は激動の高校時代に入ります。


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| 山田隆裕ブログ | 17:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第四章 絶望

 それは突然訪れましてね。ふらふら13歳の時でしたよ、父親の突然の失踪が始まりです。家は小さいながらも一応事業をしていましてね、田舎でしたが家も大きかったし車も3台くらいあったと記憶している。

従業員も4人くらいいたのかな?子供ながらに家はお金持ちなのだと錯覚していました。どうにもならなくなって逃げてしまったのでしょう。ちょうどその日が従業員の給料日でもあり母親が対応におわれていたのを覚えています。

その日から知らない人たちがとっかえひっかえ家に来ました。大阪にいた伯父さんがすぐに駆けつけてくれて一緒に対応してくれた。その時家にあった全財産30万円を姉の学生カバンに入れて姉だけ知り合いのところに行かせたげっそり。

そのあとすぐに私も同級生の家にしばらくお世話になった。家族が再び一緒に暮らすようになったのは2カ月後のことでした。

大きな一軒家から6畳二間の借家での生活がスタートした。両親は離婚したが母は名字をそのままにしておいてくれた為、周りには私が片親になった事はそんなに知られなかった。


今になって思えば私を2カ月も面倒を見てくれた同級生の横山さんには本当に感謝している涙。こういう状況が揃いますとね、この出来事をきっかけにたばこを吸ったりバイクに乗ったりという方向に進むにはもってこいだったのですが、私は生まれてこのかた、たばこを吸うどころか真似ごとも、くわえたこともない。サッカーがあったし真面目だったからなんてあるわけもなく、ただ単にたばこを買うお金がなかったげっそり。

たばこを吸いたいという衝動にかられる事もなかったけど、ようはグレてる暇などなかったという訳。でも同時に将来に対する夢や明るい未来なんかも持つ余裕もなかったのも事実だった。

当時は今みたいにJリーグつまりプロがなかったから、高校サッカーが私たちの憧れであったし、静岡には清水東をはじめ清水商業、東海一高、静岡学園や藤枝東など言わずと知れた名門校のそうそうたる選手達を身近に見る事が出来たから、子供達が最初に目指すゴールは高校サッカーだったのです。

まさにアイドルだった。しかし現実問題として私には高校進学という選択肢は持てないものでした。それでもサッカーだけは続けていたんだよな~。私のサッカー人生もここで終わってしまうと思っていたのがこの頃でしたよ。

結局その後の父の消息はわからずでして、生きているか死んでいるかも知りませんし、知りたくもないですね。私が将来絶対にこんな父親にはならないぞとぼやいていたのを今でもはっきり覚えています。てな訳で今回はこの辺で!次回は私の人生を大きく変えた運命の出会いについてぼやきたく思います。


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| 山田隆裕ブログ | 22:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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