7人制サッカー協会 オフィシャルブログ

7人制サッカーを中心に活動してる元サッカー日本代表山田隆裕と愉快な仲間たち

2010年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年09月

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第三章 難しい年頃そして初恋

八月に入ってさらに唸るような暑さが続いていますよね。
本当に地球はヤバい方向に向かっているのかもな。もうその頃私は生きていないだろうけど50年後の夏はもっと大変な事になっているのかな。

なんて事をぼやきながら、今回は中学生になったあたりから振り返ってみましょう。サッカーの世界では昔から中学校と大学の世代が谷間の世代と言うか、モチベーションを保つのに難しい時なんだよね。

と 言うのも前回で触れたように、小学生には全日本少年サッカー大会があり、高校には言わずと知れた全国高校サッカー選手権大会がある。

その二つの大会に比べると、どうしても中学と大学のイベントって地味と言うか皆さんもあまりその世代のサッカーって見る機会がないと思うんだよね。
ある意味熱すぎた小学生時代を終えて、例外なく私も冬の時代に入りました。ここでまず出会ったのが皆さんもそうであったと思いますが、必要以上の先輩、後輩の縦関係でしたね。

多感な時期に入ったのも手伝って目標を失ったり、違う事に気持ちを持って行かれてしまう奴も少なくなかったですね。サッカーをやるには最悪の環境であり最悪の状況。時を同じくして世はビーバップ・ハイスクールが登場ですよ。しかもその撮影を清水市でやっていたからそりゃあ大変!市内のどこの中学校にも、勿論私の母校にもトオルやヒロシがわんさかいましてね、ぎゃくに真面目にボールを蹴っているほうが浮いてる感じでしたもんね。

サッカーに集中しずらい中でも、一応頑張って何とか自分を見失わないようにはしてましたよ。数少ない大会の中に全日本中学選抜サッカー大会がありましてね、日本を8つのブロックにわけてやる大会に東海地区代表の東海選抜として出て、一応優勝はしたのですが、全国レベルの目ぼしい大会はこれくらいで、後は悶々とした日々を過ごす毎日でした。
余談ですがこんな私にも初恋がありましてね、ソフトボール部にいた岡田さんでしたよ。

一言でいえば知的な人でしたね。勉強は学年でトップだし私には高嶺の花でした。ところがどっこい一年のバレンタインデーですよ。部活の終わるのが遅い私を待っていてくれて、
プレハブの横で恥ずかしそうにチョコレートをくれた訳!!天にも昇るとはこの事だよね
嬉しかったな~ 昨日の事のように覚えてますよ。もう結婚してるって聞いたから幸せになっていてくれてたらいいのだけれど、できればもう一度会いたいな~なんてぼやきながら今回はこの辺で終わります。」次回は私の人生に訪れた大きな出来事、両親の離婚からぼやこうと思います。


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| 山田隆裕ブログ | 16:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第二章 サッカーに出会えたはいいが・・・・

こんにちは。こう毎日暑い日が続くと何もやる気がおきないよね。

皆さんちゃんと水分補給をして下さいね。さて前回では私のサッカーとの出会いについてぼやきましたが、今回は静岡サッカーの強さについてボソボソしてみます。

私が思うにやはり当時としては他県に比べてサッカーにおける環境が一歩も二歩も進んでいたと思うのです。例えば女子サッカーのいち早い普及や王国ブラジルとの提携、トレセン制度の導入などがあった訳ですが中でも我々が最初に目標づけされる存在に 清水FCと言うものがあった訳よ。少年サッカー界では言わずと知れた名門でね、これが静岡のサッカー少年には大きな大きな存在でしてまずはこれを目指すのね。いわゆる選抜チームで、六年生になったら出場する全国少年サッカー大会で優勝する為に結成されるチームで三年生から準備が始まる。セレクションがあってね、このセレクションも誰でも参加出来る訳じゃなくてそれぞれ所属しているチームの監督から推薦された者だけがセレクションを受ける権利が与えられるわけ。

まずは権利をもらった180人位の子達がふるいにかけられ60人くらいが清水FCの一因としてスタートをきるって感じなのよ。そして学年が一つ上がるにつれ10人位ずつ削られていき多少の入れ替えなどもしながら六年生になると20人位が選抜される。これが当時は読売ランドで行われていた全国少年サッカー大会に出場する権利が与えられると言う構図な訳よ。
だから途中で落とされたり最後まで残れなかった子達は小学生にして 元清水FCと言う肩書がついてしまうと言う何とも厳しい現実でしたね。だから静岡では清水FCに選ばれるという事は小学生レベルにおいてかなりのステータスだったんだよね。その選抜されたメンバーで県予選を戦い優勝したら全国大会出場の切符をもらえる。
三年生から苦楽を共にして同じ釜の飯を食い色々な競争に打ち勝ってきた者が集まったチームだから、技術や戦術うんぬんよりも子供ながらに絆と言うのかな そういうものも自然と叩き込まれた強さもあったよね。その間に海外遠征や海外チームとの試合も頻繁に行い経験を積ませると言う事も積極的に取り組んでいた。厳しさの中にも緻密なビジョンがあり、市や県のサッカーに対するフォローアップ体制もすばらしかったと思う。これだけの環境の中で努力しても必ず報われるとは限らないのがスポーツの世界でもあり、残念ながら私の代は優勝できませんでした。ただ小学生レベルではおそらくできない経験をさせてもらえましたし、間違いなくその後の人生に生きています。        

今回はこの辺で終わりにしようかな。次回はそれから先の事についてぼやきます。


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| 山田隆裕ブログ | 19:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第一章 山田隆裕サッカーとの出会い編 

はじめまして 今日から四十路手前のオッサンがボソボソとぼやいていきますのでよかったら覗いてみてくださいな。まずはサッカーとの出会いのあたりからいこうか。
   
私は昔~昔サッカーなんてものをやらせてもらっていたのですがね、正直いつ頃どんなきっかけではじめたかは覚えてないんですよね。と 言うのも幼い頃にね、静岡に越して来たのが事のはじまりでしてね、もう35年も前の話しですがどこを見渡してもサッカーサッカー ボールを蹴ってる奴ばかりの光景にまずはびっくり。人は環境で変わるとよく言いますが私もその環境に飲み込まれるまでにそう時間はいりませんでしたね。

特別サッカーが好きだと言う訳ではなかったのですが、他にできるものもなかったですし続けてはみたものの、その環境にすぐに後悔する訳ですよ。普通ね野球にしてもサッカー、バスケット水泳にしてもまずはその楽しさから教えていくと思うのですが、考えが甘かった静岡に関しては楽しむ前に勝つ事を叩き込まれる訳、勝つ事が至上命令。負ける事なんて許されない状況でしたね。

当時の事ですからスパルタは当たり前、親の見てる前でも平気でぶん殴られてたよね。水を飲むなという不理屈なものもあったし、とにかくめちゃくちゃだったよ。まぁ当時はそれを見てとやかく言う親もいなかったし、静岡の強さの一端がそこにあったのも確かだったから複雑でした。まぁとにかく私のサッカーとの出会いは衝撃と同時にスタートしたわけです。次回は静岡サッカー強さの秘密についてぼやいてみようと思います。では今回はこの辺で!



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| 山田隆裕ブログ | 15:25 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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はじめまして。

はじめまして。

今日からブログはじめました。

よろしくお願いしまーす!


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