7人制サッカー協会 オフィシャルブログ

7人制サッカーを中心に活動してる元サッカー日本代表山田隆裕と愉快な仲間たち

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第十六章 時代の狭間で

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昭和の時代が終わった。ここ数日は常にTVで天皇陛下の容態がリアルタイムで流されていた

それでも準決勝が行われる駒沢競技場に向かいました。ロッカールームに入りゆっくりと準備に入った頃、天皇陛下死去により喪に服すとの事で2日間中断するとの報告が入ったのだ

突然の事で対応に追われる関係者をよそに監督の決断は早かった。なんと静岡に帰るというのだ。試合で使う物しか持って来てないので、他の荷物は宿に置いたまま着の身着のままバスに乗り込んだ感じですぐに会場を後にしたのを覚えている。


14時くらいだったと思うが母校に着いた途端すぐに練習が始まったのだが、大事な準決勝が2日後に控えているなんて関係ないといわんばかりの、そして全国大会での不甲斐ない戦いぶりに堪忍袋の緒が切れたかのように凄まじい練習がいや特訓がいやシゴキが始まった!!

とはいえ2日後は準決勝 そのうち終わるだろうなんて高をくくっていたが、いつまでたっても終わらない。2時間過ぎても一向に終わらない。“こいつ頭おかしくなったのか”と思いましたし、もう準決勝は捨てているのだと本気で感じた。


全国大会も全校応援だったので、皆も会場に来ていたがとんぼ返りしてきた生徒達がすでに帰郷していてしかも声もかけられないほどの殺気に満ちた光景に唖然としていたのが印象的でした。

全国大会に来てからというもの知らないうちに感じていたプレッシャーがあったのか、みな一様に体が重かったと言うかキレがなかった。突然の日程変更に東京ではグラウンドが確保できなかった事もあったしもう一度ここで思い切り追い込んで、忘れていたものを思い出させようとしたのだろう。


ハードな練習が続くなか確かに徐々にだが皆が試合では見せられなかった動きが随所に見られるようになった。3時間くらいぶっ続けで行われた練習もようやく終わった。


確かに肉体的に追い込まれたが忘れていた何かを体に注入された気がした。その日は自宅に帰り次の日は軽く練習した後再び東京に向かったのであった


準決勝の相手は戦前の予想では名門帝京高校をあげる人も少なくなかったがその帝京を破り勝ちあがってきた前橋商業でした。FWにユース代表の2年生エース服部を擁する強豪であった。

タレントも豊富で確かに強かったがこの日の戦いは全国大会に来てからのそれとは明らかに違っていて重圧が取れたかのようにのびのびとプレーしている感じがあったしまたこの試合ではエース服部が累積警告で出場停止だったのも我々には追い風となった


静岡ではその層の厚さから2年続けて全国大会に出場するのは至難の業だった。つまり翌年も出られるという保証はないのであるがゆえに来年県代表として出場するチームの為に責任として、シード校を確保する為にベスト4まで進むのは絶対条件であった。苦しみながらもこの条件はクリアーした事もあり、この日の出来に多少なりとも出たのであろう


前半25分左サイド古賀さんの突破から中央でのこぼれ球を今大会私と共に不振をきわめた藤田俊哉が蹴り込んで先制した。しかし10分後相手のパワープレイからゴール前の混戦から頭で押し込まれた。ゴールライン上ギリギリでクリアーしたかに見えたがゴールの判定 試合は振り出しに戻された。


後半に入っても一進一退は続いたが後半20分過ぎ右からのクロスを中央で競り左に抜けたところを古賀さんが得意の左足で突き刺した。その後も服部の代役として入った関の頑張りもあり、最後まで激しい攻防は続いたがこのまま逃げ切り静岡勢としては4年連続の決勝進出となった。


2日間の中断があり静岡に帰った事が吉と出たのであろう あのまま東京に残っていたらこの結果を得られたかは疑問である。こうして全国制覇というタイトルを賭けて国立でプレーする事が決まったのであった。次はいよいよ全国大会決勝のお話に入ります。お楽しみに!
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第十五章 全国大会決勝戦

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前夜に降った雨が少し心配ではあったが眠りにつき目が覚めると雨は上がっていた。思えば長い道のりであった。県予選から足かけ5か月いよいよ高校日本一を決める舞台に入学1年目にして立てる喜びと幸運を噛みしめていた

決勝戦の相手は夏のインターハイで優勝し、この大会で夏冬2冠を目指しその強さを存分に発揮しながらここまで勝ち上がってきた市立船橋高校であった


決勝戦を前に実はこんな裏話を紹介しようと思う。先のインターハイだがすでにお伝えしたように、我が清商は県予選の準決勝で敗退し全国大会には出場できなかった。夏の厳しい練習に明け暮れていたある日、突然私は監督から神戸行きを命じられた。


その日はインターハイの決勝戦だったらしくその試合を神戸まで見に行って来いというのだ!冗談かと思ったのだが数万円を渡され他のチームメイトは誰も知らない事だったが、練習一日分得をしたくらいの気持ちで新幹線に乗り神戸に向かった


新神戸駅からはタクシーを使い会場に着いたらすでに前半の5分くらいが経ったころでした。対戦相手は忘れてしまったのだが、まず思ったのが市船の選手がとにかく大きかったという事、そしてでかくて上手くて速かった

決勝戦でありながら5-0という一方的な試合であったし、高校生と中学生が試合をしているような感じにさえ見えた。何しろチームとしての完成度が高く今我々が試合をしても、全く歯が立たないと実感した。

えらいものを見てしまったと少し凹みながら帰りの新幹線に乗り込んだが私はずっと考えていた。なぜ監督はこの試合を見にわざわざ自腹をはたいてしかも練習を休ませてまで行かせたのだろうか?この試合から何を私に伝えたかったのか?ただ私には衝撃だけが残ったし、たった半年前にその衝撃を与えられた相手が今日の対戦相手である事に私だけかも知れないが、何か運命めいたものを感じずにはいられなかった。


国立に着きまずはピッチを見渡したが昨夜の雨の影響はあまり感じられませんでした。準備は全て整ったのだが、一つ残念だったのが本来なら1月8日が決勝戦でありまだ冬休みというのも手伝って、沢山のサッカーファンが会場を埋め尽くすのだが、この年は2日間の中断もあり1月10日が決勝戦となった為、すでに学校や会社が始まっていた事もあり両校関係者が中心であり、半分くらいの人しか見に来てもらえなかった。。。


致し方ない事なのだができれば満員のスタジアムで決勝戦を戦いたかったというのが本音であったが一歩ピッチに立てばそんな気持ちはどこかに飛んでいて全国の頂点を決める戦いが始まった。

インターハイ王者の力はだてではなく、高さを生かした攻撃で清商ゴールを脅かした。前半だけで2本 バーやポストにあたるシュートを浴びせられた。だがこちらも前半2度決定的な場面を迎えた、しかもその2度ともが私が放ったもので、前半2点を取るチャンスを逃してしまった


しかし半年前まであれだけ力の差を感じていたチームに互角に近い戦いが出来ていた事に少し違和感があった。清商がこの半年で力をつけたのか市船が夏以降伸び悩んでいたのかはわからないが、とにかく押されてはいたが一方的にやられるという事はなくお互いチャンスを作りながらもゴールは奪えず前半が終了した。

押し込みながらも得点を奪えなかったという相手の心理状態を考えると、清商のほうがやや精神的に優位な状態で後半に望めるのではないかと思われた。

後半がスタートした、前半に比べると市船の速さや高さに慣れてきていたし、市船が若干運動量も落ちてきていたのもあって前半程の迫力も感じなければ、トラブルに巻き込まれる場面もなくなってきたのと同時に少しずつではあるが、清商がペースを掴みつつあった


後半18分左サイド三浦さんの突破から得たコーナーキック、キッカーは三浦さんで出たサインはニアへのボールでした。あまりヘディングが得意ではない私はニアサイドにいて、何とか頭に当ててボールのコースを変えることくらいしか期待されていませんでした。

しかも長身揃いの市船にセットプレーで得点するのはかなり難しく思われた。サイン通りボールは緩いカーブを描きながら速くて低い弾道でこちらに向かってきました。何とか頭に当てようと必死に首を伸ばしました ん? 何か後頭部あたりに感触が?何とか頭に当たったらしい。体制を崩しながらボールの行方を目で追うと何とボールはゴールに吸い込まれて行きました。ゴール?入った事は間違いないようだが誰のゴールだ?多分私だと思うのだが、もう一人喜んでいる人がいる。DFの岩崎さんだ!チーム1の長身でセットプレーの際には必ずあがってきて清商の大きな武器の一つであった。

となると岩崎さんが得点したと思うのが自然であるし、私も一瞬そう思ったが私の後頭部に残る感触もあるし、私に駆け寄ってきたチームメイトも何人かいたので腑に落ちないままいると“ただ今の得点は背番号8番山田”と聞こえた。私だったのだとホッとしたが、何とも絵にならないゴールであった


長い歴史のある全国高校サッカー選手権大会決勝戦史上最もカッコ悪いゴールではなかろうか?まぁいいや!ここから市船の猛攻が始まる。

時間も少なくなり得意のパワープレーで攻めてくる。ここを耐えに耐えてカウンターを狙う、これが功を奏した。パワープレー要員として交代で入って来た選手はハンドスプリングスローを投げまくり、何度もゴール前にクロスを上げて我々を困らせた。

残り10分からは何回電光掲示板の時計に目が行ったかわからないなかついに時計は後半40分を指していた。ホイッスル 試合終了!優勝!日本一! 優勝候補の市船相手に勝った

今思えばですがね、あの夏インターハイの決勝戦を見に行かされたのは、まるでこの全国大会の決勝で市船と対戦するのがわかっていたかのようにね、しかも偶然にも私のゴールで、何かドラマを感じたのは私だけでしょうか?こうして入学1年目の幕は下りた。ある意味最高の高校生活のスタートが切れたと思う。  長くなりましたがこれが高校選手権決勝の全てです。
次回はその後の出来ごとから振り返りたく思います。

| 山田隆裕ブログ | 21:51 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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第十四章 時代の狭間で

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それでも準決勝が行われる駒沢競技場に向かいました。ロッカールームに入りゆっくりと準備に入った頃、天皇陛下死去により喪に服すとの事で2日間中断するとの報告が入ったのだ

突然の事で対応に追われる関係者をよそに監督の決断は早かった。なんと静岡に帰るというのだ。試合で使う物しか持って来てないので、他の荷物は宿に置いたまま着の身着のままバスに乗り込んだ感じですぐに会場を後にしたのを覚えている


14時くらいだったと思うが母校に着いた途端すぐに練習が始まったのだが、大事な準決勝が2日後に控えているなんて関係ないといわんばかりの、そして全国大会での不甲斐ない戦いぶりに堪忍袋の緒が切れたかのように凄まじい練習がいや特訓がいやシゴキが始まった。

とはいえ2日後は準決勝 そのうち終わるだろうなんて高をくくっていたが、いつまでたっても終わらない。2時間過ぎても一向に終わらない。“こいつ頭おかしくなったのか”と思いましたし、もう準決勝は捨てているのだと本気で感じた


全国大会も全校応援だったので、皆も会場に来ていたがとんぼ返りしてきた生徒達がすでに帰郷していてしかも声もかけられないほどの殺気に満ちた光景に唖然としていたのが印象的でした。

全国大会に来てからというもの知らないうちに感じていたプレッシャーがあったのか、みな一様に体が重かったと言うかキレがなかった。突然の日程変更に東京ではグラウンドが確保できなかった事もあったしもう一度ここで思い切り追い込んで、忘れていたものを思い出させようとしたのだろう。


ハードな練習が続くなか確かに徐々にだが皆が試合では見せられなかった動きが随所に見られるようになった。3時間くらいぶっ続けで行われた練習もようやく終わった。


確かに肉体的に追い込まれたが忘れていた何かを体に注入された気がした。その日は自宅に帰り次の日は軽く練習した後再び東京に向かったのであった


準決勝の相手は戦前の予想では名門帝京高校をあげる人も少なくなかったがその帝京を破り勝ちあがってきた前橋商業でした。FWにユース代表の2年生エース服部を擁する強豪であった。

タレントも豊富で確かに強かったがこの日の戦いは全国大会に来てからのそれとは明らかに違っていて重圧が取れたかのようにのびのびとプレーしている感じがあったしまたこの試合ではエース服部が累積警告で出場停止だったのも我々には追い風となった。


静岡ではその層の厚さから2年続けて全国大会に出場するのは至難の業だった。つまり翌年も出られるという保証はないのであるがゆえに来年県代表として出場するチームの為に責任として、シード校を確保する為にベスト4まで進むのは絶対条件であった。苦しみながらもこの条件はクリアーした事もあり、この日の出来に多少なりとも出たのであろう


前半25分左サイド古賀さんの突破から中央でのこぼれ球を今大会私と共に不振をきわめた藤田俊哉が蹴り込んで先制した。しかし10分後相手のパワープレイからゴール前の混戦から頭で押し込まれた。ゴールライン上ギリギリでクリアーしたかに見えたがゴールの判定 試合は振り出しに戻された。


後半に入っても一進一退は続いたが後半20分過ぎ右からのクロスを中央で競り左に抜けたところを古賀さんが得意の左足で突き刺した。その後も服部の代役として入った関の頑張りもあり、最後まで激しい攻防は続いたがこのまま逃げ切り静岡勢としては4年連続の決勝進出となった。


2日間の中断があり静岡に帰った事が吉と出たのであろう あのまま東京に残っていたらこの結果を得られたかは疑問である。こうして全国制覇というタイトルを賭けて国立でプレーする事が決まったのであった。次はいよいよ全国大会決勝のお話に入ります。お楽しみに!

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第十三章 開会式そして全国大会

“夢の国立目指して”を合言葉に全国大会への準備に入った12月、本来ならこのあたりから気持ちも徐々に盛り上がってくるのだが、私にとっては県予選の決勝が夢舞台だったので、あまり盛り上がりもなく過ごしていた

県予選を勝ち抜いた要因の一つに夏以降に特別コーチとしてブラジルから招いたエスピノーサ氏の存在があった。

卓越した指導力を持ち人としても本当に素晴らしく尊敬できる人でした


彼との出会いは私のサッカー人生において大きな影響を与えたのは間違いない。

12月は日本リーグのチームとの練習試合に明け暮れた。組み合わせ抽選会も終わり初戦の相手も決まって、元旦の開会式まであと僅かとなったが一向に気持ちが盛り上がらない。


それでも年末には東京に向けて出発した。東京で新年を迎えた元日、小雨の降るなか開会式の行われる国立競技場に向かった。今までスタンドで観戦した事はあったが、初めてピッチに立つと言うこともあり今までの盛り上がりのなさが嘘のように少し心が躍りだした


余談だが、国立近くでバスを止め待機している時、上下派手なピンクのウィンドブレーカーを着た女性が雨の中ランニングをしており我々のバスの横を通り過ぎた瞬間、皆一斉にそちらに向かって振り返った。


当時もトレンディードラマなどで活躍していた浅野温子だった。さすが東京だなと実感した田舎者丸出しの瞬間であった


下から見上げる国立の大きさに驚きながら開会式を終え、3日に迎える初戦に向けて準備に入った。1回戦の相手は神戸広陵、千葉の秋津サッカー場での試合でした。

初戦のプレッシャーもあまり感じず、前半20分過ぎ左から崩した三浦さんのセンターリングのこぼれを私が左足で蹴り込んで先制した手(チョキ)

初戦にしてはまあまあの出来だったと思う。後半セットプレーからと、エース武岡さんのゴールで3-0とし初戦を終えた。本当に偶然にだが、初戦のスタンドに見まちがいでなければ親父の姿を発見した。

複雑な気持ちだったのを覚えている。2回戦の相手は仙台育英、ブラジルからの留学生カルロスを擁するチームであった。立ち上がりから何かちぐはぐしており、チャンスもなかなかものに出来ずにいた。それでも前半30分過ぎキャプテン三浦さんのフリーキックが豪快に決まり先制したが、動きの悪さは相変わらずでそのまま前半を終了した。

ハーフタイム監督の怒りが爆発した!何を言われたのかは覚えていないが全国大会まで来てここまで怒るかというくらい怒鳴りやがった!

そんなゲキのかいもなく後半になってもチームは一向に機能せず、何とか前半の1点を守り切りベスト8に駒を進めた。準々決勝を前にして1日休みがあるのだが、次の日試合があるとは思えない練習ぶりで私は逆効果に思えたが仕方なくこなした。

国立行きをかけての準々決勝になるはずがこの年は社会人ラグビーとの兼ね合いで準決勝が駒沢競技場だった。つまり決勝戦のみ国立競技場を使用すると言う事だった。

ベスト4をかけた戦いの相手は盛岡商業、正直ノーマークのチームだった。しかし練習試合で東海第一に3-0で圧勝しているチームだったのである。

フィジカルも強く高さもある、はっきり言って防戦一方。静岡代表らしからぬといった文字が翌日の紙面に書かれるのも容易に想像できた

よく耐えたと言ったほうが正しかった。80分を通して1点も奪えなかったのは県大会も通じても初めてであり、PK合戦に突入した時の心理状態は最悪であった。

当時は常に勝利を期待されていた静岡代表だっただけに、PK合戦に持ち込まれた事はある意味負けに等しかった。清商が先制で2本目まで順調に決めた。ここでGKの内藤さんが魅せた、相手のPKを2本止めた。こちらも1本外したが3-1で東北の強豪に何とか競り勝ち首の皮一枚で繋がったが、初戦の快勝以降は苦しい戦いが続き全国で勝つのも簡単ではないと実感させられるのである。


苦しみながらも準決勝に駒を進めたこの日、昭和天皇がお亡くなりになったという一報が入った。

さて今回は準決勝進出を決めたところまで、次回は天皇陛下死去による2日間の中断あたりから振り返りたく思います。



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| 山田隆裕ブログ | 19:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第十二章 決勝戦

当時は週休2日制ではなかったので、土曜日も午前中は授業がありました。我々サッカー部は2時限目まで授業を受け色々と用意もありましたので、先にあがらせてもらいました。


もともと授業はまともに受けてはいなかったがこの日はさらに心ここにあらずといった感じでしたね

確か14時キックオフだったと記憶しております。12時過ぎに会場入りしました。

グランド状態のチェックを済ませ入念にストレッチしウォーミングアップに入りました。

清水東VS清水商業というライバル校が全国大会出場というタイトルをかけた試合とあって、両校とも全校応援、一般のお客様も大勢駆けつけ試合前から応援合戦が始まり同級生が気持ちを込めて作ってくれた横断幕を所狭しと張り巡らせ、応援にいたっても両校一歩も引かない状態であり、最高のボルテージで我々をグラウンドに迎えてくれましたそして14時運命のキックオフ

満員のスタンド最高のボルテージも手伝って、中々ボールが足につかない。応援の熱気にベンチはおろかフィールド内の味方の声も聞きとりにくい。

時間だけが刻々と過ぎていく感じがした。試合が動いたのは、前半25分相手の2年生エース高橋さんに左サイドを完全に崩され中央から私の幼馴染でもある野々村に先制点を奪われた

今大会初めて先手を取られ追いかける展開を余儀なくされたのだ。焦りが全く無かったかといえば嘘になるが、まだ前半という事が我々に冷静さを保たせた。

そんな焦りもすぐに吹っ飛ぶ。先制点を許した僅か3分後右からのフリーキック中央やや下がりめにいた私の頭上めがけてボールが飛んできた何とか触ろうとジャンプしたが届かず私を越えた瞬間ピキーンという音が耳元でした


ボールの行方を確認しようとすぐに振り返ると、何とボールはゴールに吸い込まれていた。何が起きたのかわからないままとりあえず喜んでみたが、後で確認してみると私のすぐ後ろにポジションを取っていたFW武岡さんがダイレクトでジャンピングボレーを叩き込んでいた。


この武岡さんという我がチームのストライカーだが意外性の男というか、たまにこういうとんでもないスーパーゴールをいとも簡単に決めてしまうのだ。

しかも決勝という大舞台もっといえば私のジャンプでブラインドとなりあまりよくボールが見えなかった筈だが、ここにボールが来るのがわかっていたと言わんばかりに、完璧にジャストミートしているのだ

味方だからいう訳ではないが本当に凄いゴールで同点に追いついた!このまま前半はお互い見せ場もなく終了しました。

 ハーフタイム水分を取り気持ちを落ち着かせ、監督の指示に耳を傾けた。攻守の切り替えが遅いという事、FWの私達から早くしないとダメだというものだった。10分間の休みを終え後半開始のホイッスルを待った。一進一退の攻防が続きフリーキックから相手が一度、流れの中からこちらが二度ほどチャンスを作ったが得点にはいたらなかった。


相手に変化が見られたのは後半30分を過ぎたあたり、何人かの選手が疲労の度合いがひどく足を攣りはじめたのでした。

私達の強みというか心の支えは絶対に練習量では負けない自信があり、体力負けとか、走り負けするという事がまず無いというものでした。試合が長引けばこちらが有利になるという精神的優位に立ったような気がしました。

勿論私達にも疲れはありましたが、清水東のそれではありませんでした。前後半を終え1-1少しの休憩を挟んで10分ハーフの延長戦に入ります。延長前の指示はやはり“相手はかなり疲れているから、ロングボールを相手の背後に入れていけばチャンスが生まれる”というシンプルなものだった。

明らかに相手は疲れていて延長の前後半で必ずビックチャンスが訪れると思いました。お互い見せ場のないまま延長前半が終了、勝負の行方は残り10分間に委ねられた


延長後半3分その時は訪れた、左サイド古賀さんから中央の藤田俊哉に、ドリブルが少し大きく相手と交差、こぼれ球を太田さんがミドルシュート、相手に当たりボールは私の前に 右45°。思えば入学してから右サイドのポジションをいただきこの角度からのシュートを何千いや何万発打ったかわからない。

打ちすぎて右足内側の筋肉を痛めたのも一度や二度ではなかった。体に染みついた角度から放たれたシュートはカバーに入ったDFの足の間を通り、サイドネットに突き刺さった。真っ白になったうまい!


何処にそんな体力が残っていたのだと突っ込まれるくらいのスピードで自陣のベンチに向かって走っていた。ベンチからも選手が飛び出してきて、極度の興奮状態にあった。今風にいうならアドレナリンが出まくっていたであろう。

私の記憶があるのはここまで、正直それから先の試合が終わるまでの事は全く覚えておりません。ホイッスルが鳴り100分に及ぶ死闘に終止符が打たれた。

小さい頃から憧れた舞台で、小さい頃から憧れた相手に、余談も入れれば私の初恋の相手岡田さんのいる清水東に私のゴールで勝つ事ができた。一生の運の半分はこの時使ったと今でも思っている

皆泣いていた、選手もベンチもスタンドも歓喜に溢れていた。3年ぶりの全国大会への切符を手に入れた。これが全国高校サッカー選手権大会静岡県大会決勝の全てであります。

記憶を辿りながら、しかも長くなり申し訳ありませんでした。   
次回は全国大会に入ります。ここでも色々なハプニングがありました。どうぞお楽しみにして下さい。


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| 山田隆裕ブログ | 20:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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